• 題目:シャペロニンの機能発現における水の役割:統計力学理論解析
  • 講師:天野健一 (京都大学大学院エネルギー科学研究科*)
  • 日時:12月2日(金)15時~
  • 場所:物理第三講義室

概要

タンパク質の中にはATP駆動タンパク質と呼ばれるものがある。そのタンパク質は、ATPとの結合・加水分解・分解生成物(ADP+Pi)の解離から構成されるサイクルを通して独自の機能を発揮する。本研究では、ATP駆動タンパク質の一つである、シャペロニンを扱う。シャペロニンは筒の様な形をしており、その主な役割は、変性タンパク質の修復である。実験的に知られた情報は以下の通りである。まず、変性タンパク質はシャペロニンの筒のキャビティー内に「挿入」される。その後、ATPがシャペロニンに結合するとシャペロニンの立体構造が変化し、その内表面が弱い疎水性から親水性に変化すると共に、コシャペロニンがフタとしてキャビティーをふさぐ。挿入されたタンパク質はシャペロニン/コシャペロニン複合体のキャビティー内に「拘束」されたまま、その中で正常に折りたたまる。ATPの加水分解によって生成したADPとPiが解離するとシャペロニンの立体構造は元に戻り、コシャペロニン(フタ)がとれ、折りたたみを終えたタンパク質は「放出」される。
これまでの研究では、この一連の流れのうちのごく一部が計算機シミュレーションで扱われたに過ぎない。また、一連の流れがなぜ起きるのか、考えうる物理モデルすら無かった。本研究で、この一連の流れの全体を一貫して説明できる物理モデルを初めて提案した[1]。この物理モデルは、液体の統計力学理論(三次元積分方程式)に基づいて、水のエントロピックな効果とエナジェティックな効果を取り入れた結果、得られたものである。「挿入」は水和エントロピーの効果によって[1-3]、「拘束」は水和のエネルギーとエントロピーの効果が合い重なって[1]、「放出」は水和エネルギーの効果によって実現することが分かった[1,3]。また、基質タンパク質の折りたたみに伴うサイズ(排除体積)の減少が、水和エントロピーによる挿入力を弱める事も分かった。これは、「放出」を効率良く実現する上で重要な性質だと考えられる。発表では、1. ナノメートルスケールの空間内におけるタンパク質の水和特性、2. 折りたたみに伴うタンパク質の特性の変化、3. ATPの結合・加水分解・分解生成物の解離によって調節されるシャペロニンの立体構造および内表面の性質の変化、これら3つのファクターを巧みに利用して、シャペロニンは機能することを説明する。
[1] K. Amano, H. Oshima, and M. Kinoshita, J. Chem. Phys. . 135 (2011) in press.
[2] K. Amano and M. Kinoshita, Chem. Phys. Lett. 488 (2010) 1.
[3] K. Amano and M. Kinoshita, Chem. Phys. Lett. 504 (2011) 221.